第十四話 後輩の舌鼓
213 行
2026/10/13 09:16
シャンパン?
なにか、ボーイさんが持ってきて、明日翔さんに話しかけている。呪文だ。ぼくには、何を言っているのかさえわからない。
コルクが抜かれて、明日翔さんのグラスにすこしだけ注がれる。
なにか、やり取りがあって、ぼくの前にもグラスが置かれる。
ボーイさんが、ぼくの前に置いたグラスにも液体を注ぐ。
ボーイさんが、頭を下げてから部屋を出ていく、ワイン?は、テーブルの端に置かれている。
「これは、食前酒で、スパークリングワイン。口当たりがいいから、食前に飲むのにちょうどいい」
「うん」
「あっドラマとかで、乾杯をするときに、グラスを合わせているけど、やらないようにね。こうやってグラスを目線に持ち上げるだけでいい」
「はい」
助かった。乾杯と言われたら、グラスを合わせてしまいそうだ。
「そうだな。彩の健康とこれからの充実した生活に!」
「え?あっ。明日翔さんの健康とこれからの充実した生活に!」
「「乾杯」」
合わせられた。明日翔さんは意地悪だ。教えてくれてもいいのに、でも、タイミングは間違っていないと思う。教えられた通り、グラスを目線の高さまであげる。
横目で見ると、グラスに口をつけている。飲んでもいいようだ。
あっおいしい。すこしだけ”シュワシュワ”するけど、口当たりがいい。口の中がすっきりする。いろいろあって、緊張もしていたからだけど、朝から何も食べていなかった。お腹も減っている。アルコールが入って大丈夫かな?
「安心して、このワインのアルコールは低いよ」
「え?あっ本当です」
すっきりしているし、アルコールが喉を刺激するような感じもしない。
フランス料理?
一皿一皿料理がでてくる。ぼくの嫌いな物が出てこない。もしかして、明日翔さんに、ぼくが嫌いな物が知られている?
ぼくは、香草が苦手だ。”食べられない”ほどではないが、嫌いだ。避けたい。特に、匂いが強い物が嫌いで、避けている。
今日の料理には、香草は使われているが、上品な匂いでおいしく感じられる。
メインは、肉と魚から選べるようだ。
ぼくは、肉を選んだ。明日翔さんも、お肉を選んだ。
飲み物が変えられた。新しいグラスが出てきた。
今度は、ワインのようだ。
手順は同じだ。乾杯はしないと言われた。
すこしだけ残念だ。あの乾杯なら、またしたい。
「彩。このワインは、彩が産まれた年に作られた物だよ」
「え?」
「1998年産。この年は、ワインの当たり年らしくて、おいしいワインが多いらしい。俺も詳しくないから、料理に合わせてもらった」
まじまじとワインを見てしまった。
このワインは、私と同い年?そう考えると、飲むのがもったいない。でも、封を開けてしまえば、ワインは劣化すると教えられた。もったいないと思いながら、一口飲んでみる。すごくおいしい。ワインは、飲んだことがあるけど、こんなにおいしいとは感じなかった。値段を聞くのが怖い。
「彩。こういう店では、値段を聞かないのもマナーだよ」
「・・・。はい」
さきに言われてしまった。でも、店の感じから、値段を気にしない人たちしか来ないのだろう。でも、気になってしまう。
お肉料理が運ばれてきた。
呪文のような料理名をボーイさんが言っている。明日翔さんが、ボーイさんに答える。ぼくにも聞いてきたので、”同じで、お願いします”と答えると、微笑んでくれた。
「黒胡椒は大丈夫か?」
「うん。平気」
「それならよかった」
どうやら、ソースは黒故障がベースになっているようだ。確かに、匂いが強いが胡椒なら平気。
おいしい。
語彙が乏しくて、他に言いようがないけど、おいしい。パンも、すごくおいしい。
ワインを飲むと、さっきとは違う感じがして、おいしい。どんどん飲めてしまう。
おいしいお肉料理が終わって、デザートがきた。
フルーツタルトといちごのゼリーだ。それに、また違うワインが運ばれてきた。デザートワインというらしい。
本当に、語彙力がないのが悲しい。
おいしい。おいしい。
デザートで終わりだと思ったら、アイスと紅茶が出てきた。これで、コース料理が終了だと言われた。
「彩」
「はい?」
「その・・・。早いとは思うけど」
「ん?」
え?なに?
明日翔さんが緊張している?ぼく、何かしちゃった?早いって何?
「ふぅ・・・。彩。結婚してくれ」
「え・・・?」
明日翔さんが、どこから取り出したか解らない、小箱をぼくの前で開けてくれる。
そこには、指輪?が入っていた。
「彩?」
「うれしい・・・。明日翔さん。婚約・・・。指輪?」
「そうだ。昌平に作ってもらった」
「え?」
「大学の時に、昌平たちとデザインコンペに出した・・・。俺がデザインした指輪だ」
「え?これ・・・。明日翔さんが?」
「・・・。そうだ。受け取ってくれるか?」
「もちろんです!明日翔さん。ぼく、嬉しいです!ぼく、ぼく・・・。嬉しい。明日翔さんの家族・・・。に、な・・・。ります」
泣くな。ぼく、笑え。
明日翔さんに笑顔を見せろ。
「ありがとう。それで、早いと思ったのは・・・。彩。今日、このあと・・・」
「なに?」
「このホテルの部屋を予約している」
「え?」
「ダメか?」
首を横に大きく振る。
そもそも、ぼくが・・・。考えたら、顔が赤くなってしまう。お酒のワインのせいだと、思いたいけど・・・。無理がある。多分違う。
ぼくが、朝にパンツもブラジャーも着けずに、明日翔さんの部屋を訪ねたのが始まりだ。
ぼくの初めてを明日翔さんに貰って・・・。そこから・・・。だ。
「ううん。ダメじゃない。明日翔さん。ぼく、初めてで・・・。いいの?」
「あぁそれに、彩は、なんでもしてくれるのだろう?」
「え?あっはい!なんでもします!」
すこしだけ悪い笑顔の明日翔さんも好き。
エッチな命令でも・・・。明日翔さんの命令なら・・・。明日翔さんが見ていてくれるなら・・・。
「嬉しいよ。彩。まずは、左手を出して」
「はい」
左手を、明日翔さんに差し出す。
明日翔さんは、指輪を取り出して、左手の薬指に・・・。あっこんなホテルの最上階のレストラン・・・。それも、個室で・・・。夢じゃないよね?
ぼく、初恋の・・・。そして、今日・・・。このあと・・・。
考えたら、身体の奥がジンジンしてくる。明日翔さんに抱き着きたい。抱かれたい。
指輪を指でなぞる。
本当に、これを明日翔さんが?
「綺麗・・・」
「さすが、昌平だな。しっかりとサイズも調整している。彩。俺の指にも指輪を着けてくれるか?」
「はい。もちろんです」
もう一つのケースから指輪を取り出す。ぼくの指輪よりもおおきな指輪だ。明日翔さんの左手の薬指に指輪を・・・。嬉しい。お揃いの指輪。これで、ぼくは、明日翔さんのお嫁さんだ。そうだ!お母さんたちにも・・・。弟や妹やお姉ちゃんやお兄ちゃんたちに報告しないと!いいよね?
「明日翔さん?」
「どうした?」
「あの・・・。ぼく、お母さんたちに・・・」
「もちろんだよ。次の休みに挨拶に行こう」
「え?いいのですか?」
「もちろんだよ。隆司と昌平と美穂にも言って、奴らの店で売れ残った物や知り合いから、かき集めて持っていこう。現金は受け取らないだろう?」
「・・・。うん。ぼくのお金もなかなか受け取ってくれなかった。でも、服とかなら・・・。受け取ってくれる。ぼくじゃ考えつかなかった。明日翔さんありがとう!」
「いいよ。俺の奥さんのお母さんたちなら、俺の母親だからな」
「うん!」
明日翔さんのご家族の話を聞いたから、複雑な気持ちだけど、でも、嬉しい。
もう一度、指輪を見る。
ゴールドとピンク色の金属?と、銀?なのかな?それがねじられるようになっている。サイズが、ぴったり・・・。あっ手袋を作るときの採寸はこのため?サイズの調整?こんな素敵な指輪がすぐに作られるはずがない。もしかしたら・・・。エリザベスさんが、明日翔さんのために準備をしていた?
多分、明日翔さんのご家族には会えないけど・・・。キャサリンさんやエリザベスさんやアスナさんや美穂さんが、明日翔さんのご家族なのだろう。
ぼくも、あの輪の中に入りたい。まだまだ、知らない事も勉強しなきゃならないことも、沢山あるけど・・・。
「彩。無理に頑張ろうとしなくていい。できることを、少しずつ増やしていこう」
「あっ・・・。はい!わかりました!」
今の言葉、ぼくが・・・。合宿で、プログラムがうまく動かなくて、泣きそうになっている時に・・・。明日翔さんから貰った言葉。
ぼくは、あの言葉で救われた。お母さんたちは優しかった。でも、ぼくは頑張らなくちゃダメだと思っていた。無理してでも、少しでもいい成績を・・・。そればかりを考えていた。
だから・・・。頑張らなくてもいいの?仕事だよ?
本当に救われた。あれから、明日翔さんを意識するようになった・・・。きっかけの言葉。ぼくの大事な・・・。大事な、大事な思い出・・・。
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